ブエノスアイレスの夜

マドリードにたった一人で住むカルメン。彼女はアルゼンチン貴族の父の財産分与のため、20年ぶりに故郷のブエノスアイレスに帰ってきた。1976年、アルゼンチンで起きた軍事クーデターで、カルメンはジャーナリストの夫も心も全てを失ったのだ。それは、突然の逮捕と1年問にも及ぶ暗い独房での過酷な拷問の日々。カルメンの心は人を愛することを忘れ、肉体的にも人と触れ合うことができなくなった。拷問の恐怖が与えた異常に敏感な聴覚はカルメンを絶え間なく苛み続けてきた。男女の愛の営みを壁越しに隣室で聞くだけのためにカルメンはアパートを借りた。依頼の電話をかけた瞬間に耳に飛び込んだ男の声にカルメンは震えた。その声の主はグスタボ。次の夜から、カルメンは壁越しにグスタボに本を読ませた。甘く淫らな言葉が、カルメンの情熱をかきたて、他人を拒絶して生きてきたカルメンの心を揺り動かすのだった。全く異なる境遇の二人は、どうしようもなく惹かれ合っていく。約束を破って姿を現したグスタボ。動揺したカルメンに酷い言葉を浴びせられ、傷ついてアパートを飛び出した。カルメンもまた深く傷ついていた。帰国前夜、カルメンを探してアパートの外にやってきたグスタボ。彼の熱い純粋な思いがカルメンの心の壁を打ち崩す。そして二人の心はついに結ばれた。しかし、二人の行く末には、更に残酷な運命が待っていた。