『痛くない死に方』の名匠・高橋伴明監督の、「今、これを世の中に発信しなければ」という想いに、日本映画が誇るスタッフとキャストが集結した『夜明けまでバス停で』の完成披露舞台挨拶に、出演の板谷由夏、筒井真理子、柄本明、高橋伴明監督、脚本の梶原阿貴が登壇し、本作制作の理由についてほか、板谷由夏が役作りで2kg半痩せた話など、裏話を語った。
2020年冬。幡ヶ谷のバス停で寝泊まりする、あるひとりのホームレスの女性が、突然襲われてしまう悲劇があった。非正規雇用や自身の就労年齢により、いつ自分に仕事がなくなるか分からない中、コロナ禍によって更に不安定な就労状況。そして自らが置かれている危機的状況にもかかわらず、人間の「自尊心」がゆえに生じてしまう、助けを求められない人々。本作は、もしかしたら明日、誰しもが置かれるかもしれない「社会的孤立」を描く。

プロデューサーが、主演は板谷由夏、監督は高橋伴明、脚本は梶原阿貴という3人と映画を作りたいということで企画が始動した本作。板谷は高橋伴明監督について、「勝手に親鳥のような方だと思っています。20年程前、連合赤軍の『光の雨』という映画で呼んでくださり、高橋伴明監督と言えば、監督らしい監督という想いがあります。芝居を始めたばかりの頃にご一緒することができて、20年(自分の)どこかに伴明さんがいたので、『板谷、やるぞ』とおっしゃってくださったのは本当に嬉しかったです。仕事を続けていたらこんな嬉しいことがあるんだとペーペーだった私に教えてあげたいくらいです。」と感慨深げに語った。

梶原が、2020年冬に幡ヶ谷のバス停で寝泊まりするホームレスの女性が殺された事件をモチーフにした映画を作りたいとアイデアを出したとのこと。「幡ヶ谷のバス停の近くに数年前まで住んでいたので、もしお見かけしていたら何ができていたのだろうか、映画人としてできることはないかと模索した中でこの企画を提案しました」とその想いを話した。
監督は、事件をそのまま映画化することには興味がなかったとのこと。「事件を知った時に調べたら、加害者の犯行に至った理由が希薄な感じがしたのと、被害者がなんで殺されなきゃいけないのかが全然見えなくて、(そのままの)映画化に向けてはスルーしていたんです。ただ、この事件の後で、多くの女性が『彼女は私だ』という声を上げたということも聞いていますので、(板谷が演じた三知子に)代表選手になってもらって、かつ、社会背景について久しぶりに毒づきたいなという気持ちも起こって、梶原と相談しながらこういう話にしました」と経緯を説明した。

本作の前半は、コロナ禍の、だんだんお客が減っていくところから、GO TO EATの恩恵を受けるところまで、飲食店の辿った道を時系列で疑似体験できるような作品。コロナやコロナ貧困のことだけでなく、居酒屋でのパワハラやセクハラの問題も入れた理由を聞かれた梶原は、「脚本作りをしている中で、30代のプロデューサーが、『男性が無意識のうちに口にしている、ふざけているつもりの言葉が女性を傷つけている局面が結構あるんじゃないか』とおっしゃいました。それを居酒屋シーンに入れると、主人公の正義感が発動するということにも使えますし、昨今のハラスメント問題は深刻なので、そのアイデアをもとに執筆しました。」と話した。
板谷は前半の居酒屋でのパートのシーンについて、「居酒屋のシーンは三知子は自分がホームレスになるとは思っていなかったシーンなので、三知子的には仲間達と楽しく働いているシーンでした。」と話す一方、「インする前に居酒屋でバイトしたりしたんですが」とイン前の準備に触れ、「弱い立場というか、一番影響を受けやすい方がたくさんいる、『助けて』と思っている人が周りにいるということを、スルーしちゃいけないというか、この映画を通して知ってほしいと思います。人に頼っちゃいけないとか自分の責任でなんとかするという風に育てられている気がして。『「助けて」って言っていいし、「助けて」って言っている人が近くにいれば、お節介と思われようが、行かなきゃというとんでもない世の中になっている』と監督は言いたかったのかなと思います。監督の愛や優しさを感じます。」と居酒屋で実際に従業員たちと働くことで感じた想いを語った。

板谷演じる三知子は、昼間はアトリエで自作のアクセサリーを売りながら、夜は焼き鳥屋で住み込みのパートとして働いているという設定で、筒井真理子は三知子のアトリエのオーナーの如月役。筒井は如月役について、「(如月は)、三知子が一番家族と思っている人。だからこそ『助けて』と言ってほしかったし、あの子は言わないなというのもわかるという絶妙な脚本でした。『助けて』と言えない現代の日本の距離感という感じがして、べったりならないようにと演じました。『助けて』と言えたりとか、声を上げられる社会になるといいなと思いました。」と話した。

後半、三知子は仕事と家を失い、ホームレスになる。板谷は「三知子がご飯を食べられなくなったんで、食べずに、なるだけちょっとずつ体重を落としていきました。2kg半くらい」と役作りについて話した。「残飯を漁るシーンは本当にお腹が空いてないとできないと思って。」とその理由に言及。「三千子が途中でノースリーブのワンピースを着ているシーンがあるんですけれど、(2020年春の最初の緊急事態宣言で仕事を解雇されて、住処を失い、ホームレスになり、)季節が変わっても状況が変わっていない状況を追体験していく感じでした。」と撮影を振り返った。
三知子はホームレスになって、柄本明演じるバクダンと出逢う。伴明監督の前作『痛くない死に方』に息子の柄本佑が主演していて、佑は、「また伴明組に出たい!」とのことで、多忙の中1シーンだけ出演している。柄本明も座長公演の合間を縫ってまで出演したとのことで、「監督、人気があるんです」と一言。「呼ばれるだけで名誉みたいな感じがある」と筒井が付け加えた。柄本は、「監督の現場は豊かなんです。余計な物がなくて見事だなと思いました。迷うことなく次のカット、次のカットと。大変に気持ちよくお仕事させていただきました。」と伴明監督を絶賛。

板谷と柄本が並んで街を歩くシーンについてMCが「すごく画になって、カッコよかったですよね」と言うと、会場から拍手が湧き、監督は、「あの歩き、自分の中では大事なんです。高倉健と池辺良なんです。」と、チラシ裏にも場面写真が使用されている印象的なシーンについて語った。
脚本について柄本が、「皆さん、(こんな世の中おかしいと)怒っているんじゃないかしら」と言うと、本編を見終わったばかりの観客からは拍手も。
三知子のアトリエのオーナー如月役の筒井真理子は、本作について「オリジナル脚本の作家性の強い作品」と表現すると、高橋伴明監督も、「オリジナルなんで、自由で楽しい現場を過ごすことができました。その楽しさ加減も見ていただければ」と話し、柄本は、「お帰りになったら、宣伝していただきたい!」と声を張ってリクエスト。

最後に、板谷より、「監督の怒りとメッセージが伴明節として詰まっています。世の中本当に大変な思いをしている方は映画を観に来る余裕なんてないと思うんです。周りにもしかしたら『助けて』と言えていない人はいないかなと思うきっかけになればいいなと思っています。人のことを優しい気持ちで想像する気持ちも、このすさんだ世の中忘れがちな気がしていて、今日見て持って帰ってくださって、周りの方に『こういう映画があるよ』と伝えていただけたら嬉しいです。」とメッセージが送られた。
また、伴明監督が、「聞くところによると、菅元首相の弔辞が良かったと株が上がっているようなことを聞いたんですけれど、この映画の中でも(菅元首相のニュース映像で)ちょっとしゃべっていますけども、『自助・共助・公助』という言葉に私はすごく腹が立っているんです。まず自己責任を押し付けて、最後に公助。公が助ける。一生懸命やってもうダメだと首を吊ったらその後公助できますか?言っていることが逆なんです。腹が立つことがたくさんあるんです。皆さんもそろそろ怒りましょうよ」とメッセージを伝えた。

10月8日(土)より新宿K’s Cinema、池袋シネマ・ロサ他全国順次公開